« ツナとオリーブのトマトペンネ & 海老のココナッツカレー | トップページ | 瀬戸内(2) 醤の郷 「マルキン醤油記念館」 »

瀬戸内(1) 二十四の瞳映画村 ~ 岬の分教場

先週、四国の高松を足がかりに、瀬戸内を旅してきました。今日からしばらく旅の話におつきあいいただけましたら幸いです。

朝一番の飛行機で高松空港に飛んで、レンタカーをピックアップし、まず向かったのは高松港です。ここからフェリーに乗って(車ごと)小豆島に渡りました。

006_convert_20110822014025_2

(フェリーから見る高松市街の風景)

美しい島影が点々と続く穏やかな瀬戸内海を渡ること約1時間。小豆島・土庄(とのしょう)港に着きました。島が近づくにつれ、なぜかごま油の匂いが…。港のすぐ横にごま油のかどやさんの工場がありました。後で調べましたら、かどやさんは小豆島創業の会社なのだそうです。

土庄港から車で40分ほど走り、岬の先にある「二十四の瞳映画村」を訪れました。

048_convert_20110822015731

ここは、1987年に田中裕子さんが主演した「二十四の瞳」の撮影に使われたオープンセットが、そのまま映画村として保存されたものです。昔の木造家屋の続く家並みは、懐かし村といった雰囲気。ブリキの看板、赤い丸ポストなどディテイルも凝っていて、昭和初期の時代に迷い込んだようでした。

036_convert_20110822014521

映画村には壺井栄文学館があり、壺井栄さん直筆の原稿やゆかりの品々、資料映像などを見ることができました。小豆島で生まれ育った栄さんは、家計を助けるために進学をあきらめ、郵便局や町役場に勤めますが、東京の大学に進学した同郷の詩人、壺井繁治さんの勧めで上京し、結婚します。

東京でプロレタリア文学の作家たちの影響を受けた栄さんは、自らも小説を書き始め、「二十四の瞳」をはじめ数々の名作を生み出しました。ゆかりの品々やエピソードからは、壺井栄さんの清廉な生き方、文学への尊い志が感じられ、どれを見ても、心が揺さぶられる思いでした。

資料映像にあった、壺井栄さんの文学には母の愛情(実際の母親というより、もっと壮大な母なる存在、と私は思いました)があり、それが人の心を打つということばに、大いに納得しました。

040_convert_20110822014802 046_convert_20110822015513

それにしても、一本の映画のために村をまるごと作ってしまうとは驚きます。木造家屋は、今はおみやげ屋さんや飲食店となっています。

  041_convert_20110822015025     042_convert_20110822015249

こちらは、「岬の分教場」のセットです。木造校舎の廊下、木の机と椅子、緑の黒板、オルガン…と、なんとも懐かしい雰囲気。今にも子どもたちが飛び出してきそうです。

015_convert_20110822020630

映画村のカフェで、お昼に「給食セット」をいただきました。カレー、揚げパン、冷凍みかん、瓶の牛乳(コーヒー牛乳)が、アルマイトの食器と先割れスプーンで食べられます。私の子どもの頃の定番メニューが懐かしかったですが、揚げパンは当時よりもずっとおいしく、洗練されたお味でした。

052_convert_20110822015951 030_convert_20110822014259

(左)映画村の前に、観光用のボンネットバスが停まっていました。映画村と↓の岬の分教場の間を、往復して走っています。(右)この日はお休みでしたが、映画村の隣には、味わいのあるそうめんの製麺所がありました。

055_convert_20110822020501 053_convert_20110822020215

映画村から車で5分ほどもどったところに、(映画のセットではない)ほんものの岬の分教場があります。1971年まで実際に分校として使われていた学校で、廃校当時の教室がそのまま保存されています。1954年に高峰秀子さんが主演した「二十四の瞳」は、こちらの学校を使って撮影されたそうです。

校舎の前に、オリーブの木が植えられているのが小豆島らしい。温もりのある木造校舎に薄緑色のオリーブの葉がよく似合って、柔らかい風景を作り出していました。

|

« ツナとオリーブのトマトペンネ & 海老のココナッツカレー | トップページ | 瀬戸内(2) 醤の郷 「マルキン醤油記念館」 »

旅行」カテゴリの記事

コメント

こんにちはぁ~
映画村、見所たくさんで面白そうですね!
そのまま保存されているのですね、行ってみたいです。
映画には田中裕子さんが主演されていたのですね。
最近あまり拝見しないかな? ステキな女優さんなので
ちょっと残念です。
小学校の給食を知らない私、ぜひこのセット
頂いてみたいです♪

投稿: ゆず | 2011年8月22日 (月) 16時48分

今晩は。

映画のセットが残されて観光スポットになってるのですね。
楽しそう~。
そうか1980年代に田中裕子主演で「二十四の瞳」は映画化されてたんですね。未見なので見てみたいです。

お昼の給食セット、良いな~。コーヒー牛乳は私が小学生の頃なかったけど、コーヒー牛乳をつくるための粉がたまについてきました。それを溶かすとコーヒー牛乳になるの。揚げパンは当時、油と砂糖でギトギトでしたよね。(笑)でも人気のメニューでした。なにしろいつもの食パンについてたマーガリンがまずかったから揚げパンは豪華メニューでした。(笑)
bread

あれこれ思い出して懐かしい気持ちになりました。

このボンネットバスは走らないの?乗ってみたいですね!bus

投稿: ごみつ | 2011年8月23日 (火) 00時58分

☆ ゆずさま ☆
「二十四の瞳」は高峰秀子さん主演の映画が有名ですが
田中裕子さん主演の映画もあったとは、
私も今回初めて知りました。
1987年というと、ちょうど「おしん」ブームの頃かしら?(笑)
儚く見えて強い、古きよき日本女性らしい女優さんですね。

給食セット、日本の給食を食べたことのない息子には
かなり印象に残ったようです。
いい経験になりました。

投稿: ☆ ゆずさま ☆ | 2011年8月23日 (火) 10時13分

☆ ごみつさま ☆
私も田中裕子さん主演の「二十四の瞳」があったこと
今回初めて知りました。
田中裕子さんの芯が強くて優しい雰囲気は
大石先生のイメージに合いますね。

コーヒー牛乳は、たま~に出るのが楽しみだった記憶があります。
粉を溶かす、というのは横浜ではなかったかな。(笑)
揚げパン、当時のは油がしみてべたべたしてましたね。
映画村のは、油がほとんどしみてなくて、
パンもふかふかでとってもおいしかったです。

ボンネットバス、ちょっと説明不足でしたがsweat01
映画村と、岬の分教場の間を往復して走っていました。
本文も訂正しておきますね。

投稿: ☆ ごみつさま ☆ | 2011年8月23日 (火) 10時39分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1151970/41308856

この記事へのトラックバック一覧です: 瀬戸内(1) 二十四の瞳映画村 ~ 岬の分教場:

« ツナとオリーブのトマトペンネ & 海老のココナッツカレー | トップページ | 瀬戸内(2) 醤の郷 「マルキン醤油記念館」 »