フェルディナント・フォン・シーラッハ 「犯罪」
新聞の書評を見ておもしろそう!と思い、ドイツの作家フェルディナント・フォン・シーラッハの処女作にしてベストセラー、「犯罪」(原題:Verbrechen)を読みました。ベルリンの刑事事件弁護士でもある作者が、実際に関わった事件に着想を得て書かれた11編からなる短編集です。
最初の作品から、今までに味わったことのない新鮮な感覚に、心をわしづかみにされました。そして、次々と新しい扉を開くのが楽しみで、わくわくしながら読みました。
11の作品は、愛する者を守るがゆえの犯罪あれば、背筋が凍るような冷酷な犯罪あり、はたまたサイコパスな犯罪あり。そして登場人物も、子爵や成功した実業家あれば、貧しい移民あり… とさまざま。どれも違った読後感ながら、心に静かな余韻がしみわたりました。
作品は、作者の気持ちや考えは一切書かれていません。事実だけが静謐な文章で淡々と述べられますが、事件が起こった背景や経過、また登場人物について、研ぎ澄まされた観察眼で緻密に描写されるので、頭にしっかりとその映像を描くことができました。
そして感情を交えない硬質な文章の行間から、人間という不完全なる、いとしい存在に対する作者の温かい眼差し、人間の愚かさ、優しさ、哀しさを慈しむ心が伝わってくる気がしました。
作者が弁護士ということもあり、たびたび登場する法廷のシーンも興味深かったです。ドイツというと、法律が厳しく全うされているイメージがありましたが、意外にも大岡裁きのような人情味のある裁決もあって、成熟した大人の社会を感じました。
11の作品はどれもおもしろかったですが、”約束”の重みがテーマになっている冒頭の「フェーナー氏」、資産家の家に生まれながら厳しい父を憎み、家を飛び出して二人きりで生きる姉弟の愛と悲劇を描いた「チェロ」は、特に私の好みでした。
犯罪一家に生まれた賢い末っ子が、ずば抜けた機知で兄たちを救う「ハリネズミ」は痛快でしたし、不遇に生まれたある犯罪者が、エチオピアの小さな村で幸せを見つける「エチオピアの男」は、最後にふさわしい心温まる話でした。
昨年発表されたという作者の第2作、「Schuld」(罪)が待ち遠しいです。
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コメント
おもしろそうです!今度本屋で探してみます!
投稿: Salma | 2011年11月23日 (水) 12時30分
こんにちは!
わ~、これ、凄く面白そう!私も文庫になったら是非、読んでみたいです。
とりあえず早速、ドイツ語のオリジナルは発注してみたいと思います。
アマゾンドイツで見てみると、レビューの数も多いし、評価も高いみたいで、きっと面白いんだろうな~と思いました!
犯罪ものは大好きなのでとっても楽しみです!!
投稿: ごみつ | 2011年11月23日 (水) 15時05分
☆ Salmaさま ☆
はじめまして。
コメント、どうもありがとうございます♪
「犯罪」とてもおもしろかったです。
よかったら是非読んでみてください☆
投稿: ☆ Salmaさま ☆ | 2011年11月24日 (木) 01時14分
☆ ごみつさま ☆
こんばんは。
この本、独特の世界があって、とてもおもしろかったです。
思いがけない掘り出し物でした。
ドイツでは、処女作でいきなりベストセラーになって
いくつかの賞も受賞しているようなので
きっとかなりセンセーショナルなデビューだったのでは、
と想像しています。
次回作も楽しみです♪
投稿: ☆ ごみつさま ☆ | 2011年11月24日 (木) 01時28分
こんばんは。
情報を得て、ピン!ときたものは直ぐに読まれたり
見に行かれたり、いつも行動が早く感服します。
本当に、面白そうですね。
私も読んでみたいと思います。
投稿: イザワ | 2011年11月24日 (木) 02時04分
☆ イザワさま ☆
おはようございます♪
ピン!ときてもハズレということもありますが
今回は思いがけない発見で、いい出会いがありました。
気に入っていただけるといいのですが
もし機会がありましたら、お読みになってみてください。
投稿: ☆ イザワさま ☆ | 2011年11月25日 (金) 08時00分
お久しぶりです。なかなかケイタイからコメントを書くことが面倒で、ついつい読み逃げしています…。いつも楽しく拝見しているのですが。
だいぶ前にご紹介されていたこの本を覚えていて、先日やっと手に入れたので早速読んでみました。仰るとおり、新しい話に移るのにわくわくして(冷酷な話がほとんどなので、わくわくするというのもなんですが…)、あっという間に読み終わってしまいました。
大岡裁きというは実にピッタリ(爆)人間が人間を裁くことの難しさ、そしてどんな犯罪者にも先入観ではなく、彼らの根本にあるものを探そうとする作者の静かなるポリシーが、実にドイツ人らしくていいですよね。
良し悪しがある沢山あるドイツですが、私は作者のような考えのひとがまだまだ多いドイツが好きだなぁと、この本を読んで再確認しました(苦笑)
最後の「エチオピア人の男」は、泣けませんでしたか?もう、私はおお泣きしてしまいましたよ(爆)
投稿: schatzi | 2012年2月 9日 (木) 13時56分
☆ schatziさま ☆
こんにちは♪ 最近しばらく更新されていなかったので
きっとお忙しくしていらっしゃるのかな?と思っていました。
いつも見てくださっているとのこと、ありがとうございます☆
またこちらの本、覚えていてくださっていたのですね!
わざわざ手に入れられて読んでくださったとはうれしいです。
時々背筋が凍るようなお話もありましたが
どれも心に響きました。
私はこの作者の方の語り口、とても好きです。
私も読みながら、rule is ruleでがんじがらめにするのでなく
ものごとの本質に照らして判断しているところに
ドイツの成熟した大人の社会を感じました。
ドイツ人のものの捉え方、考え方が
ほ~んの少しですが、理解できた気がしましたよ。
「エチオピアの男」私も大泣きしてしまいました。
最後を飾るのにふさわしいすてきなお話でしたね。
投稿: ☆ schatziさま ☆ | 2012年2月10日 (金) 11時40分