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愛媛(3) 和紙と木蝋の町 内子散策

屋根つき橋を見た後は、内子の市街地を訪れました。ここは、江戸から明治にかけて和紙と木蝋(和ろうそく)の集散地として栄えた場所で、伝統的な商家の町並みが保存されています。町並駐車場に車を停め、内子駅までの道を歩いてみました。

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きれいに修復された町並みを歩きましたが、ほとんど観光客の姿はなく、貸切状態。平日の金曜日ということもありますが、それにしても資料館もお店も開店休業といった感じで、せっかくの観光資源がもったいない。(右)町並保存センター。家の修復への取り組みが紹介されていました。

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(左)古いお家の軒先が無人の野菜スタンドとなっています。(右)味わいのある床屋さん。「ローマの休日」のように、ここでイメージチェンジしてみてはいかが?

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内子はかつて、和ろうそくの材料となる木蝋作りで栄えた町。かつての商家のお屋敷が、木蝋資料館となっていました。和ろうそくが、紅葉が美しい櫨(はぜ)の実からできると知って驚きました。実に含まれる蝋をしぼり取って固め、それを日光にさらして漂白して作るのだそうです。洋ろうそくと比べ手間のかかる高級品です。

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(左)木蝋作りで財をなした、本芳我家(ほんはがけ)のお屋敷。屋根に装飾瓦や漆喰の細工が施された、凝った造りでした。(右)古民家を利用した味わいのあるカフェ。

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お昼は、商家のお屋敷をそのまま生かした「下芳我邸」(しもはがてい)で、名物のお蕎麦とつみ草料理をいただきました。お弁当風にセットされたお膳には季節の花が添えられ、野趣豊かなおもてなしに心が和みました。手入れの行き届いた中庭では、ちょうど梅の花が見ごろでした。

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(左)大正時代に建てられた木造二階建ての歌舞伎劇場、「内子座」。お芝居やコンサートなどが催され、町の芸術文化活動の中心となっているそうです。この日は撮影が行われていて、中が見学できなかったのが残念でした。

(右)大森和蝋燭屋。200年の歴史を持つ老舗の和蝋燭屋さん。童話「赤い蝋燭と人魚」に出てくるような和ろうそくが欲しかったのですが、この日は定休日でした。こちらも残念。

内子は作家の大江健三郎さんの故郷でもあり、その著作の中で”四国の森”として度々登場するので、どんなところかな?と興味を抱いていました。時間がなくて森の方までは行けませんでしたが、味わいのある古い町並みや、素朴な農村の風景が印象的で、心に残りました。

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旅行」カテゴリの記事

コメント

今晩は!cherry

愛媛旅行もあって、「坂の上の雲」も読まれてたのですね。
↓の橋、ここ探すの大変だったでしょうね。
写真を見て私もすぐに「マディソン郡の橋」を思い浮かべましたが、歴史ある橋なんですね~。趣があって(&ちょっと怖くて?)ステキな場所ですね。

内子町は、私、はじめて知りましたが、古い街並みが保存されていて、ここも趣がありますね。今は観光シーズンじゃないのかしら?あまり閑散としているのもさびしいですが、ゆったりと散策出来た事と思います。

お蕎麦美味しそう~~!lovely

投稿: ごみつ | 2012年3月22日 (木) 22時15分

四国には、多く足を運んでいましたが、仕事中心だったので
このような素敵な場所があることを知りませんでした。
タイムスリップしたような古いイメージの街並みは
撮影も楽しそう!!

投稿: イザワ | 2012年3月23日 (金) 02時59分

☆ ごみつさま ☆
こんにちは。そうなんです。
松山を訪れる前に、どうしても「坂の上の雲」を読んでおきたくて…
でもそのおかげあって、旅がより豊かに楽しめました。
橋のまわりは、ほんとうに何もないところなのですが
その何もないところがすてきでした。
素朴な風景が絵になっていました。

内子は松山からは車で1時間ほどですが、山あいの谷間の町で
ひっそりとした趣がありました。大きなお屋敷が多く
その昔は木蝋で豊かな町だったのだろうな、と思いました。
ただ、今は過疎化・高齢化が進んでいるのをひしひしと感じました。
維持していく人が減って、せっかくの町並が廃れたら残念です。
自然も豊かないいところなので、これから暖かくなるにつれて
観光客が増えるといいですが…。

お蕎麦とつみ草料理、とてもおいしかったです♪
(こちらのお店は、にぎわっていました。)
お座敷も雰囲気よく、楽しいお昼になりました。

投稿: ☆ ごみつさま ☆ | 2012年3月23日 (金) 15時28分

☆ イザワさま ☆
内子は松山から車で1時間ほどの、山あいの町です。
市街地はその昔、和紙や木蝋作りが盛んだったところで
大きな商家の町並から、当時の賑わいを感じ取ることができました。
今は人影も少なく、なんだか幻を見ているような
不思議な気持ちになりました。
絵になる風景がそこここにあって、楽しい散策になりました☆

投稿: ☆ イザワさま ☆ | 2012年3月23日 (金) 15時39分

(*゚ー゚*)こんにちわ 私の地域、内子の事だったので拝読させていただきました。ましてや、これからのことなども心配していただき、有り難かったこと、お伝えしたくてコメントさせていただきます。とても寂しい事なのですが、町並み保存地区は、高齢の家人の方が多く、町の観光素材として「役場の職員さん主体」になっています。ですから、内子の町並みを歩かれて、人がいないように感じられた事と思いますが、実際「人」がいないのです。当方、住んではいませんが、この保存地区で長く店をさせていただいています。本来、住んでいる人の心を思いやるべき立場の人が、「役場の職員さん」の圧倒的な業務体制の前では、「我慢」や「耐える」事となってしまっていた結果なのです。住んでいる方の心の声を聞かなかったというか、言い辛いまま「観光」だけが走ってしまったのが、「現在の内子の町並み」です。最近、本当に困った状態の「役場の皆さん」と「住んでいる方」との意見の違いが、表面に出て来ました。私のできる事は、住んでいる方、訪れる方、場所を活かして下さる皆さんとの、間をつなぐ事ですので、これから調整をさせていただくつもりです。実のところ、観光でよく言う「白壁と木蝋の町並み」ですが、内子の歴史は、江戸末期から大正時代の「木蝋」中心では語れない長い時間の積み重ねです。「木蝋」は関係していますが、「和蝋燭」は、あくまでイメージ商品ですから、町並みの成立には、歴史上、私も色々と調べておりますが、関連が無いものなのです。愛媛県生涯学習センターの資料と、町の資料がこんなに違うなんて、驚きです。(本当の事を町の人間が堂々と言えないなんて、とても困ったことです。)…なんだか愚痴になってしまって、すいません。町並みの成立は、室町時代までさかのぼります。一遍上人のゆかりの願成寺、曹洞宗の高昌寺という2つの寺を訪れる遍路道が中心になって、人の行き来で作られたと言われています。町並み保存地区は、国道が整備されて56号線からL字に入り口があるので、高昌寺までの道が本道のようなイメージさえ今は抱かれると思いますが、保存地区の道は、高昌寺の参道が元になっています。そして、もともとは内子座の前の商店街の通りの方向がメインの姿で、金毘羅詣で、八十八ヶ所遍路道、ともに56号線と並行して、大洲からの山を越えて、内子に入って一休みしたといいます。昭和中頃まで、途中に魚市場があったほど、町は栄えていたそうです。メイン通りの内子座に面している通りは、馬車、自動車が通れる道幅にした為、白壁の建物を、改築したので軒数が減ったとのこと。メインでなかった為、今の八日市・護国の通りの建物が多く残った事実。ところで、その白壁は、民俗学や郷土史などでも非常に多く扱われますが、近くの石灰岩の鉱脈から産出される石灰が元になっています。内子には、銅の鉱山もあり、鉱山跡地は、「マチュピチュ」みたいに見えるらしく、廃墟写真のマニアの方には、内子の廃線と並んでの撮影スポットです。山や森の文化も、内子には多いです。色々書きましたが、ぜひまた内子に来られて、また度々ご意見を言って頂けると、参考になります。どうも有難うございました。

投稿: まちなみ | 2012年5月31日 (木) 16時23分

☆ まちなみさま ☆
はじめまして。
こちらの記事に目を留めていただいて、コメントをくださりありがとうございました。内子は(記事にも書きましたが)大江健三郎さんの著作で知って、以前から興味があったところでしたが、趣のある古い街並を歩きながら、とても心豊かな時間をすごすことができました。
これもまちなみさまはじめ、地元の方々が街並や景観を維持するために努力されているからなのでしょうね。ありがとうございました。

とはいえ、お話をうかがうと、いろいろとご苦労されている部分もあるのですね。観光地として整備していくとなると、どうしても内の顔と外の顔のギャップ、というものが出てきてしまうものなのかもしれませんね…。
ほんの少し歩いただけではその街のほんとうの姿は見えないものかもしれませんが、私は内子では、すれ違った見知らぬ高校生が「こんにちは!」とあいさつしてくれたのが、とても印象的で心に残りました。

今度は森の方にも行ってみたいですし、今回入れなかった内子座の中も見てみたいですし… 内子はいつかまた訪れたい場所です。その時には是非よろしくお願いしますね☆

投稿: ☆ まちなみさま ☆ | 2012年5月31日 (木) 17時30分

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