アリスのままで
ジュリアン・ムーア主演、若年性アルツハイマーを発症した言語学者の苦悩と葛藤、家族との絆を描いたヒューマンドラマ、「アリスのままで」(Still Alice)を見ました。全米ベストセラー小説「静かなるアリス」を、自身もALSを抱えたリチャード・グラッツァー監督(&ウォッシュ・ウェストモアランド監督)が映画化した作品です。
ニューヨーク、コロンビア大学で言語学の教鞭をとるアリス(ジュリアン・ムーア)は、講義中に言葉が思い出せなくなったり、ジョギング中に帰り道がわからなくなったりすることが続き、神経科を受診したところ、遺伝性の若年性アルツハイマーと診断されます。
愛する家族に恵まれ、充実した研究生活を送っていたアリス。少しずつ進行する病気を恐れ、嘆き、苦しみながらも、必死で格闘を続けますが、いつか全ての記憶が失われ、自分が自分でなくなると悟った彼女は、来るべきその時に備えて、ある決断をします...。
最近、記憶力の低下をとみに実感するようになった私には、恐ろしく、ひりひり痛みを感じる作品でした。アリスが神経科医の診察を受ける場面では、医師の診断にそんな大げさな!と最初は思いましたが、精密検査によって遺伝性のアルツハイマーであることが明らかになるのです。
それでもなんとか病気の進行を遅らせようと、記憶力を鍛えたり、クロスワードパズルを解いたり。なんでもメモしておいたり、知ってるはずのことが思い出せなくてスマホで調べたり。発症間もない頃のアリスは、自分を見ているようでとても他人事とは思えませんでした。
彼女の「癌の方がよかった」ということばは衝撃的ですが、無理もありません。いつか自分で自分がわからなくなり、病気と戦う意志すら持てなくなってしまったら...想像するのも恐ろしい。そんな自分に耐えられなくて、それならいっそ死んでしまいたい、とアリスが願う気持ちが私には理解できました。
そして見ていて辛かったのは、あれほど愛情で結ばれていたはずの夫(アレック・ボールドウィン)が、アリスの病状が進むにつれて、少しずつ遠くに行ってしまうように感じられたこと。
もちろん、彼にはこれから生きていく未来があり、妻のためにそれを捨てても共倒れになるだけ。これがベストの選択だというのはわかるし、彼が苦悩していることも伝わってはくるのですが、彼が愛したのはまぎれもなく”美しく聡明な”妻だったのだろうな...と思うと、ちょっぴり複雑な気持ちになりました。
一方、アリスにとってこれまで一番の心配の種だった次女のリディア(クリステン・スチュワート)が、最後には一番心強い、頼れる存在となるところに、運命の導きを思い、救われました。
最初はアリスに自分を重ねて見ていましたが、アリスの病状が進むうちに、今度は自分が利己的な長女(ケイト・ボスワース)のように思えてきて、自己嫌悪に陥ることもありました。介護の現実など全体的にマイルドに描かれていますが、人間描写にはっと考えさせられる場面がいくつもあり、ガツンときました。
映画の中のアリスのスピーチは、グラッツァー監督ご自身が何度も書き直されたそうで、渾身のメッセージが伝わってきました。今年3月、4年間の闘病の末にALSで亡くなられた監督のご冥福をお祈りします。
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コメント
セレンさん、こんばんは。
こちらの映画、とても気になっていた映画です。
私も新しいことが覚えられなかったり、人の名前がパッと出てこなかったり・・・
他人事ではないと思わずにはいられません。
それにしても自分が自分でなくなっていくのは怖いですね。
いつ何時病気になるかわからないとはいえ、子供たちが全員独り立ちできるまででよいから
健康でいたいなと心から思います。
投稿: ふゆさくら | 2015年7月20日 (月) 00時34分
セレンさん☆
本当にそうですね~
実際この家族の価値観がそうなのですが、アリスが「美しく聡明な妻(母)」であることが一番だったために、本人自身もそうでなくなったことが最も辛かった…と言う点で、確かに複雑な気持ちになりますね。
夫はこれからの生活を支えるためにも、現実的には仕方ないかなぁーと思いますが…
私も自分の物忘れ酷過ぎて心配になりますが、完全に判らなくなってしまって10年生きる恐怖より、完全に判らなくなった人を介護するこの先の10年を想像する方が怖いです。
投稿: ノルウェーまだ~む | 2015年7月20日 (月) 17時46分
こんばんは。
私もこの作品気になってました。
アルツハイマーを描いた作品というと、作家のアイリス・マードックの病状を夫の視線で描いた「アイリス」が思い浮かびます。アイリスはジュディ・ディンチが演じてました。
私が一番最初にこの病気を描いた作品を見たのは、ポール・ニューマンの奥さんのジョアン・ウッドワードが演じた作品で、何だか今でも忘れられないのですが、調べたらこれは1985年のテレビドラマでした。タイトルも忘れてましたが「愛を覚えていますか」っていう作品でした。
アルツハイマーはまだ若いうちから発症してしまうから怖いですよね。
加齢からくる健忘症は仕方ないとしても、認知症には本当になりたくないです。
完全に痴呆になってしまった祖母をけっこう長い年月介護してたので、あの苦労をまわりにはかけたくないですよ・・。
「アリス」も何だか見るのが怖いな~~。
投稿: ごみつ | 2015年7月20日 (月) 23時33分
☆ ふゆさくらさま ☆
おはようございます♪
ふゆさくらさんもこの映画、気になっていらしたのですね。
まだまだアルツハイマーには早い年齢での発症だけに
見ていて身につまされるものがありました。
そうそう、私も子どもがまだ小さい頃は
「今、死ぬわけにいかない」ってよく思ってました。
今はだいぶ手がかからなくなりましたが、
今度は、私の病気で迷惑かけるわけにはいかない...と
心配はつきませんね。
投稿: ☆ ふゆさくらさま ☆ | 2015年7月21日 (火) 08時35分
☆ ノルウェーまだ~むさま ☆
おはようございます。
どこから見ても非の打ちどころのない家庭だったのが
アリスが病気になったことで、家族が少しずつよそよそしく
離れていく...というのがなんとも残酷に思えました。
それぞれに家庭や事情があり
比較的自由のきく次女が支える、というのは現実として
よくわかるのですけどね...
映画はここで終わっていますが
これからがほんとうのたいへんな時期ですよね...
せめて家族にはいろいろな形で
次女をサポートしてあげてほしい、と思います。
投稿: ☆ ノルウェーまだ~むさま ☆ | 2015年7月21日 (火) 09時04分
☆ ごみつさま ☆
おはようございます。
ごみつさんも気になっていらしたのですね。
今回この映画を見るにあたって、「アイリス」の名を何度か目にしたので
私もどんな映画かな~?と気になっていました。
ジュディ・デンチが演じられているのですね!
これは近いうちに是非見てみたいと思います。
(早速DISCASに予約を入れました)
「愛を覚えていますか」も見応えのある作品のようですね。
これも見てみたいですが、DVDが出ていないようで残念です。
ごみつさんは、長くお祖母さまの介護をしていらしたのですね。
こればかりは実際に経験しなければ、そのたいへんさは
わからないものなのだろうな...と想像します。
「アリス~」は介護のたいへんさについては
ほとんど触れられていないんですよ。
そういう意味ではかなりマイルドな作りなのですが
それでも自分が自分でなくなることの恐怖は伝わってきて
ガツンときました。
投稿: ☆ ごみつさま ☆ | 2015年7月21日 (火) 09時58分
こんばんは。
少々身につまされる映画で辛かったですね。
今現在自分の周りには介護対象がいないので幸せですが、このようなことになった夫婦は実にツライと思います。
この夫は少々逃げ腰でしたが、なんかわかるような気がします。夫は病気になった妻の介護を進んで引き受けるとは思えませんから。ましてやまだ働き盛りの身の上なら尚更ですね。
母にとって一番デキの悪い娘(次女)が、彼女を全面的に支えるという結末も中々良かったです。まぁあの後どうなるのか誰にも予測はできませんが...。
ジュリアン・ムーアはやはり演技派です。
投稿: margot2005 | 2015年7月22日 (水) 00時27分
☆ margot2005さま ☆
おはようございます。
ある程度の年齢であれば、自分もまわりも多少の心の準備が
できているでしょうけれど
まだ若く、家庭も仕事も順風満帆な時期だっただけに
その衝撃は計り知れないものがあったと思います。
ただアルツハイマーに限らず、ある日突然病気やけがに見舞われることは
年齢に限らず誰にも起こりうることなのですけどね...
一家のはみ出し者の次女だったからこそ
病気で弱くなった母のことが誰よりも理解できたのではないか...
彼女の優しさが尊く感じられました。
溌剌と自信にあふれていた冒頭から
病状が進んですっかり表情のなくなってしまったラストまで
ジュリアン・ムーアがみごとに演じきっていましたね。
投稿: ☆ margot2005さま ☆ | 2015年7月22日 (水) 08時37分