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武器をアートに @東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館で開催中の「武器をアートに」展(~11月23日)を見に行きました。
bicycle 武器をアートに モザンビークにおける平和構築 東京藝術大学大学美術館

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アフリカ南東部に位置するモザンビーク共和国では、1964~1975年の独立戦争、その後1992年まで続いた内戦の間に、外国から大量の武器が供給され、戦争が終わるとそれらの武器が残されました。

1995年、武器を農具や自転車に交換し、武装解除を行おうという「武器を鋤に」プロジェクトがはじまりました。武器と交換された生活用具は人々の生活を助け、集まった武器は爆破処理されました。そして一部は二度と使えないように切断され、アートとして生まれ変わりました。

それらの作品は世界各国のミュージアムに所蔵され、平和へのメッセージを発信しています。本展では、国立民族学博物館と、このプロジェクトを支援するNPO えひめグローバルネットワークが所蔵する作品を展示し、モザンビークの平和構築への取組みを紹介しています。

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展示作品は全部で21点。そのすべてが銃を分解して作られたものです。メタリックな細身の人物に、ふとジャコメッティの作品を思い出しました。アーティストたちはいずれも美術の専門教育を受けていませんが、このプロジェクトがきっかけで作品作りを始めたそうです。

上の作品は、クリストヴァオ・カニャヴァート(ケスター)の「ギターを弾く男」。ノリノリの動きが伝わってくる楽しい作品ですが、よく見ると持ち手の部分や銃身など、すべて銃の一部でできていることがわかります。実際に戦争に使われ、人を殺したものだと思うと、その生々しさに体が震えてきました。

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クリストヴァオ・カニャヴァート(ケスター) 「肘掛椅子」。この作品には、AK47(旧ソ連製)、AKM(中国製)、リボルバーピストル(ブラジル製)、ピストル(ドイツ製)などが使われています。

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鳥たちは生き生きとして、今にも動き出しそう。恐竜の化石ようにも見えます。

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「いのちの輪だち」は、フィエル・ドス・サントスさん、クリストヴァオ・カニャヴァート(ケスター)さんの共同作品。メイキング映像が上映されていて、土に埋められた武器を掘り出し(文字通りザクザク出てくる)、それらを切断し、組合せ、ハンダでつけて制作する様子を見ることができました。

男性と、子どもを背負った妻が自転車に乗り、その横を犬が追いかけ、空には鳥が飛んでいます。どこから見ても平和で幸せそうな風景ですが、これらもすべて銃をつなぎ合わせて作られている...そのギャップに胸を衝かれます。

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(左)フィエル・ドス・サントス 「水を運ぶ女性」は、日常生活のひとコマが目に浮かんでくるような作品。 (右)フィエル・ドス・サントス 「読書する男」は、横顔のシルエットにちょうど目がついているのがおもしろい。

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フィエル・ドス・サントス 「パンを焼く人」 かまどにパンを入れるところでしょうか。きびきびとした動きにリズムが感じられます。

「武器を鍬に」プロジェクトは、旧約聖書イザヤ書2章4節の「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」ということばから来ています。

国をあげての勇気ある決断に心を打たれますが、内戦から20年以上たち、”モザンビークの奇跡”とよばれるほどの経済成長を遂げているそうです。今なお回収されていない武器や地雷が残っているというモザンビークの、そして世界の平和と幸せを願ってやみません。

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紅葉の上野公園

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コメント

銃でできたアートとは…
凄いことを考えるものですね。
ルワンダの虐殺については映画で色々観ましたが
モザンビークの内戦を描いた映画ってあるのかしら?
あるとしても、観るのがつらい内容でしょうけど
現代史の一部として知っておかなきゃとも思いますね。

投稿: zooey | 2015年11月23日 (月) 21時45分

セレンさん☆
芸術の専門知識を学んでいないからこその、なにか自由さを感じますね。
この武骨な形にかえって親しみがわいてきます。
とはいえ、どれも武器だけで作られているなんてビックリですね。
見てそれと判るものもあれば、いったいどんな部品??と思うようなものもあるようです。
これからすべての武器がアートの材料になる時代が早く来るといいですね。

投稿: ノルウェーまだ~む | 2015年11月24日 (火) 00時02分

☆ zooeyさま ☆
銃をアートにする...その発想に驚かされますね。
実際に見ると体が震えるほどの衝撃がありましたが
それだけに切なる平和への祈りが伝わってきました。

モザンビークというと、ちょうど独立した頃
学校の地理で習った記憶がうっすらとありますが
本展でこのプロジェクトの取組みを知り
少し身近に感じられるようになりました。

投稿: ☆ zooeyさま ☆ | 2015年11月24日 (火) 09時42分

☆ ノルウェーまだ~むさま ☆
無骨な金属の人物が一見ジャコメッティ風なのですが
動きが生き生きとしてリズミカルなのがすてきだなーと思いました。
さすがはリズム音楽の国民性ですね。

一見どこの部分かわからないものもあるのですが
持ち手や引き金、銃身など、ひと目でわかる部分を見ると
どきっとして体が震えてきました。
何よりも力強いメッセージを感じました。

投稿: ☆ ノルウェーまだ~むさま ☆ | 2015年11月24日 (火) 09時53分

アートとして鑑賞するのはともかく、平和のためには役に立たない愚行でしょうね。国家により安全が保証されている先進国の思い上がりに思えてしまうのが残念です。
モザンピークを始め世界の多くの国では、自分たちの命と生活は、自らが武器を手に取って守るのが常識。ギャング業、山賊業、海賊業が生計の手段として当たり前の世界では、武器をアートには通用しない。人の命よりもアートが大切な訳がなく、平和の構築には無益であり、有害なのが実情です。まァ、これがブラックジョークならマシで、モザンピークを牛耳る武装組織が裏で支援していたら、笑うことも出来ません。日本人の平和ボケぶりを示すアートとしてなら価値はありそうです。崇高なる善意が、時として最悪の愚行である典型だと思います。

投稿: ヌマンタ | 2015年11月24日 (火) 13時20分

☆ ヌマンタさま ☆
最初から戦争やギャングなどの反社会的活動を肯定していたのでは
一歩も前に進めないのではないでしょうか。
平和というゴールに向かって、まずは経済的基盤を作る
他国と友好的な関係を結ぶ、そうしたことが
そこで生きる人たちの平穏な暮らしを支え、ひいては世界の均衡に
つながっていくのだと思います。
先進国の後ろ盾あっての武装解除かもしれませんが
それもまた平和への第一歩だと信じます。

投稿: ☆ ヌマンタさま ☆ | 2015年11月25日 (水) 08時54分

議論をふっかけるような無粋はしないつもりです。ただ、少し誤解があると思います。戦争やギャングは先進国目線では反社会的行為でしょうが、現場では必要な生計の手段であり、生活を守るための必然の行為です。
日本や欧米は比較的長期間にわたり、政府が社会秩序を守ってきましたが、そうでない社会では力(武力)=正義であり、力なきものに社会を治める資格なし。その力の最も強いものが戦いに勝って、その地域を制圧した時、初めて平和と安定が訪れるのが人類の普遍的なあり方です。
先進国、例えば国連のような存在が盾として、治安を回復、維持しても、それは続かないのが実情でしょう。その地域から自主的に育った武装組織のうち、最も強く賢明なものがその地を支配する。それが、最も健全で、平和への王道なのです。武器あっての平和なのが現実だと思います。武器をアートにするのは、その平和がもたらされてからで十分です。

投稿: ヌマンタ | 2015年11月25日 (水) 11時44分

☆ ヌマンタさま ☆
モザンビークに関していえば、1992年に内戦が終結し
現在は和平の道を進んでいます。
貧困など問題はあるでしょうが、武力によって解決しないという
これは彼らにとっての決断なのだと思います。

投稿: ☆ ヌマンタさま ☆ | 2015年11月25日 (水) 23時45分

こんばんは。

セレンディピティさんの記事の展覧会の趣旨とはちょっとはずれちゃうと思うのですが、反戦のために、平和のためにと、芸術作品を創造する人達は、それが実現するなんて本当は誰も思っていないと思います。

よく、色々なところでテーマになりますけど、アートって本当にこういう時には力がないんですよね。

それでもクリエイターは自分達の出来る事(作品を創造する事)でしか戦えないんですよね。
そして、それは、あらがえない大きな歴史の流れの中で、必ず付随してくる人間の持つ営みの一つの証であり、文化の側面なんだと思うんです。


ゴヤは「ロス・カプリーチョス」をいくら描いたって戦争が終わるワケでも貴族政治の腐敗がなくなるワケないのもわかってたし、ピカソだって「ゲルニカ」で世界に平和が訪れるなんて思ってなかったと思いますよ。

でもクリエイターはクリエイトするんですよ。

私的な感想ですが、私はそんな事を考えました。

投稿: ごみつ | 2015年11月26日 (木) 23時48分

☆ ごみつさま ☆
こんにちは。

アートで戦争が止められるとは、私も思っていません。
戦争は政治の世界で起こることで、まったく別次元の話だと思っています。
(民衆が束になって反対しても、起こる時には起こる)

ただ、古今東西、表現者たちは
美術、文学、音楽...さまざまな手段で自分の思いを形にしてきた
それを受け取る側がどう感じ、考えるか
想像力を働かせることが大切なのだと思います。

投稿: ☆ ごみつさま ☆ | 2015年11月27日 (金) 16時37分

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