新国立競技場問題の真実
遅ればせながら3月に読んだ本から...。
森本智之 「新国立競技場問題の真実 無責任国家・日本の縮図」
東京新聞の記者の方が取材を続け、2015年末に出版された本です。新国立競技場のデザインがザハ・ハディドさんに決まってから、2015年7月に突然白紙撤回されるまでを追っています。
2016年オリンピックの誘致では東京湾岸に新スタジアムを建設するという計画でしたが、津波の危険が取りざたされ、2020年の誘致では神宮外苑の国立競技場を建替えるという計画に変更されました。
神宮外苑の絵画館周辺の建物は、景観保全のために高さ20mまでという厳しい建築基準が設けられていました。しかしこの場所に新競技場を建てるために、いつの間にか高さ75mまでと規制が緩和されていたことをこの本で初めて知りました。すべて誘致ありきで法整備が進められていたのです。
ザハさんのデザインが決まった時、莫大な建築費と、景観と環境破壊の両面から大バッシングがありましたが、ザハさんは応募要項に沿って設計したにすぎません。そもそも都心の限られた土地に、これだけ大きなスタジアムを建設しようという計画自体、無理があったのです。
また、オリンピックのメインスタジアムが本来の目的なのに、サッカーやラグビーの競技場としての設備や、コンサート会場のための開閉式の屋根など、各界からの要望をすべて盛り込むうちに、要求スペックはどんどん高くなり、一方でオリンピックに必要な陸上用のサブトラックがないという、本末転倒なことも起こっていました。
報道では、ザハさんが悪者のように扱われていましたが、彼女はこれまで大きなプロジェクトに何度も関わっている世界的建築家であり、予算やスペックについては、いつでも相談に応じ、デザインを変更できると日本側に申し入れていました。
実際、(ザハさんが設計した)ロンドン・オリンピックのアクアティクス・センターも、後からコストを抑える必要が生じ、主催者からの要望に合わせて、オリンピック後は座席数を縮小できるよう、デザインを変更しているのです。
日本の新国立の場合、何が一番問題だったのかといえば、責任者の不在という一言につきます。著者が関係者に取材して感じたのは、誰の口からも「決まったことだからやらなくては」ということばが聞かれたことだそうです。責任者不在のまま突き進み、うまくいかないとデザインのせいにする...そんな構図が見えました。
白紙撤回されたものの、再コンペでは施工業者と組んで応募しなければならなかったために、多くの建築家がエントリーをあきらめるしかありませんでした。結局、数少ない応募作品の中から決めざるを得ず、最終的に決まった案には、肝心の聖火台がなかったことも、その後問題になりました。
そもそも旧国立競技場を解体する必要があったのか。新しい競技場は必要なのか。次の世代に借金を残し、タイトなスケジュールで難工事を進めるよりも、(味の素スタジアムなど)既存の競技場を上手に生かした方が、今の時代にふさわしいオリンピックになるのではないか。そんな気がしています。
ザハ・ハディド展 @東京オペラシティ アートギャラリー (2014/10)
ちょうどこの本を読んで間もなくの3月31日、ザハ・ハディドさんがフロリダ出張中、急病でお亡くなりになりました。今後、日本にザハ建築が建つことは二度とないのだな...と思うと残念でなりません。ご冥福をお祈りします。
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コメント
本当の最高責任者を置かないほうが、いろいろと操作できて便利です。政治家にとっては、多額の政治献金という見返りが期待できるゼネコンにいい顔をしたいし、官僚にとっては予算という利権を期待できるうえに、権限を行使でき、天下り先の確保にも役立ちます。そして、この手の公共事業に群がる企業にとっては、広告、番組制作、追加されるはずの附属サービス事業など、甘い汁が期待できる。
役所内にある記者クラブで配布される資料をいただいて仕事した気になっているマスコミにしてみれば、悪役として外国人は後腐れの無い格好の標的。その報道を真に受けるアホな国民。
この国は、アホから如何に金を搾り取るかで成り立ってますから、ある意味、当然であるように思います。
投稿: ヌマンタ | 2016年7月 2日 (土) 14時30分
☆ ヌマンタさま ☆
おはようございます。
1964年のオリンピックは、国民がひとつになって
成功させたいという思いが原動力になっていたと思いますが
今回は、これに便乗してひともうけしたい、手柄を立てたいという人ばかり
一般の人々もどちらかというとネガティブに感じていて
今ひとつ盛り上がりに欠けていますね。
次から次と噴出するトラブルは、今の日本の問題の
表われでもあるように思います。
このまま突き進んで大丈夫か。不安でなりません。
投稿: ☆ ヌマンタさま ☆ | 2016年7月 3日 (日) 08時24分
イラク女性の建築家、膨大な予算で中止、そしてその女性の急死ということで
正に事実は小説より奇なりという感じの話でしたね。
いつの間にか高さ75mまでと規制が緩和されていたことも
再コンペでは施工業者と組んで応募しなければならなかったことも知りませんでした。
こうした情報を、もっと一般に公開するべきですよね。
投稿: zooey | 2016年7月 3日 (日) 21時58分
☆ zooeyさま ☆
こんにちは。
誘致のためにいつの間にか条例まで変えられていたなんて驚きました。
このようなスタジアムを建設できるゼネコンは数社に限られるので
とても公正なコンペとは言い難いですね。
ザハさんはさぞ日本に愛想をつかして、もう二度と仕事したくないだろう
と思っていたら、再コンペに意欲を燃やしていたそうです。
(結局いっしょに組む施工業者がすぐには見つからず
あきらめざるを得ませんでしたが)
仕事に対するプロフェショナルな姿勢に感動しました。
投稿: ☆ zooeyさま ☆ | 2016年7月 4日 (月) 16時30分
セレンさん☆
過酷な10日間から解放されたところです。
国立競技場問題はこれまでも、これからも大きな問題ですよね。
「誘致」ありきな条例変更、いったい誰のためのオリンピックなのでしょうね?
あまりに近いので良く横を通りますが、見渡す限りの広くぽっかり空いた空間がうら寂しくて、その度になんで壊しちゃったのかしらね~、東京でオリンピックなんてやらなきゃ良かったのにと話しています。
投稿: ノルウェーまだ~む | 2016年7月 7日 (木) 16時34分
☆ ノルウェーまだ~むさま ☆
こんばんは。
まだ~むさん、松山に行かれてたのですね?
お疲れさまでした。
早速のコメント、ありがとうございます。
絵画館の周り、今までは高層マンションが建てられなかったのに
規制が緩和されて、スタジアムができたら
その後、次々と高いビルが建つかもしれませんね。
銀杏並木からの眺めが気に入っていたのでとても残念です。
旧国立競技場だって、なにも壊すことなかったのに。
今からでもオリンピックが中止になってほしいです。
投稿: ☆ ノルウェーまだ~むさま ☆ | 2016年7月 8日 (金) 21時58分